1/3 BLUE - one third BLUE-

秋田から岐阜へ来た自転車に人生を捧ぐ大学生。 空のあお、海のあを。そして、もうひとつのBLUEを求めてー。

【2021年総括】執念の2021年(1)

はじめに

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今回は、昨年と同様に一年の総まとめを行っていこうと思います。

次回以降、時系列関係なく、いくつかの旅に焦点を当てて個別の記事にしていこうと思う(随時リンクも追加予定)ので、インデックス的な当ブログの羅針盤にできたら良いな。それでは行ってみよう。

 

2021年。

大学2年生として過ごしたこの一年を振り返ってみて、端的にその日々を一つの熟語で形容するのであれば、「激動」の2020年に続き、2021年は「執念」と総括しよう。

 

(「激動」の2020年シーズンはこちらの記事を!)

ameblo.jp

 

その所以たるは...。

 

さあ、今回の記事では、2021年シーズンに達成したあらゆる功績()について簡単に見ていこう!

 

今回は、2021年を「執念」の一年であったと総括する、その直接的な所以たり得る5つの功績(自分で言ってて恥ずかしい)について簡単にまとめるよ。2021年シーズン、僕のカードはこれだ!

 

 

年間走行距離10,000km達成

2021年1月1日から同12月31日までの年間走行距離はズバリ、11,002km。獲得標高82,123mと合わせて、自分としては文句なしのキャリアハイの結果を残すことが出来た。年間走行距離10,000km達成は長年の夢であったが、いざ挑戦してみると、常に自転車が生活の中心にあり、暇があれば自転車に乗らなければ、と体を動かさなければいけない状態にあった。(ブログ更新が滞っていた言い訳にさせてもらう!笑)

 

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週ごとの走行距離の推移

上の画像でわかるように、決して平坦な道なんかじゃ無かった。全国各地を駆け巡り(この旅の部分については次回詳しくまとめるよ。)、いろんな未体験に挑戦したことで、やはり波のある一年にはなってしまった。

 

それでも。

南極までの14,000kmを超えることは叶わずとも、遂に長年の夢であった10,000kmの壁を越え「宇宙よりも遠い場所」へ来たぞ!と、ずっと言いたかった台詞も、自転車人生7年目にしてようやく声高に叫ぶことが叶ったのです。エネルギー消費の大きい1年だったな。

 

因みに、2020年度における「自家用車」の年間走行距離の平均は6,017kmらしい。*1

実際にはもうちょい多い気もするけれど、改めて2021年のエネルギー消費の大きさを理解してもらえるかな。もはや体格なんて関係ない。2021年、大学内で最もカロリー消費の大きい生活を送った人ランキングのトップ3に入る自信があるよ。笑

 

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何故「宇宙よりも遠い場所」に固執するかって...?そりゃあ...(2018/3/7 秋田・にかほ市)

 

シーズン中、二度の大きな怪我を乗り越え、目標を達成

ただ年間走行距離10,000kmの壁を打ち破っただけであれば、「執念」以外にも他に似合う言葉があったと思う。やはり、二度の大きな怪我に見舞われたというスパイスがあってこその「執念の2021年」なのだ。

 

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2021/2/26

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2021/6/26

2月26日と、6月26日。

二つの26、四か月おきに僕の身に降りかかった悲劇。それが二度の大きな怪我であった。

 

2月26日、僕は2021年シーズンの開幕戦と意気込んで「ソロ静岡・山梨遠征」という旅に出ていた。(詳細は次回の記事内にて)

行程3日目のこの日、静岡県は沼津を発った僕が目指すのは、富士山一周。

富士五湖を巡りながら富士山をグルっと回り、170km程度のロングライドになるハズだった...

海抜20m程度の沼津を出ると、裾野、御殿場、篭坂峠...と40kmにわたってただひたすらに登りが続く。

富士山のすぐそばを走っているのに、そのご尊顔は厚い雲によって拝めない状態であった。暗い空模様を憂う。静岡・山梨県境の標高1,104m、籠坂峠では雪が降っていた。足先がズブ濡れになってしまったこの峠のダウンヒルから既に厭戦気分に陥ってしまっていたというか、何か嫌な予感がしていた、というのはホントの話。

山梨県に入り、富士五湖の一つ、山中湖を過ぎた直後に事故は起きた。

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事故概況

僕から見て、進行方向左手にあるGSに入ろうとしている対向車線の商用車のバンが、僕に気づかず突っ込んできたのだ。僕はこの時、青信号とはいえ、悪天候による遅れから先を急がなければ、との焦りから下ハンを握って40km/hほどのスピードでカーブへ進入していった。僕にも反省の余地あり、だ。

結局、咄嗟に回避行動に入り、衝突まであと数センチというところでバンのボンネットを避けることに成功するが、下ハンでギュンと旋回したため、体勢を崩しそのままアスファルト上へ叩き込まれ、右半身を一面強打してしまった。

 

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2017/5/4。高級ヘルメット・GIROのAEONをお陀仏にしてしまった。

落車は過去にも経験しており、画像の通りヘルメットの必需性を痛感したことはあったが、この時の衝撃を「ズザザザザ、ガンッ」といった擬音で表現可能であるとすると、今回は「ギュンッ、ガツンッ!」といった具合であった。(笑)

なんだかんだ人生で初の経験だったかもしれない。文字通り、思い切り頭を地面に強打させてしまったのだった。

気の動転は言わずもがな、ヘルメットのおかげで直接的な外傷は防げようと、衝撃は僕の頭の芯にまで届き、漫画でよく見る視界に星がチラつくアレが起きる。少しの間ではあったが、記憶も飛んでしまっていた。そのまま会話もおぼつかない僕の様子を案じた商用バンの運転手が、荷台にFENIXを載せて富士吉田市内の脳神経外科(総合病院は閉まっていた)へと搬送してくれた。

...その後の出来事に関しては、これ以上言うと「ソロ静岡・山梨遠征」の記事におけるネタが枯渇してしまうので、割愛させていただく!笑

 

幸い、今ではこうして話のネタに変えてブログ執筆が出来ているように、頭に異常は見られなかった訳だ。漫画「メジャー」においては、主人公・本田吾郎の父親、本田茂治がとあるメジャーリーガーから頭部に158km/hの死球を受け、直後は平然としていたものの、その翌日に頭蓋内出血によって命を落としてしまうというショッキングなシーンがあった。これと同様の流れに恐怖し、思わず遺書でも用意しておこうか、なんて考えも頭を過ったが、数日間安静にしていたら、なんてことはなかった。ただ、頭以外にも右半身を強打してしまったため、右肩が上がらず、暫く左手での食事を余儀なくされたりと、生活への影響は大きかった。自転車も、春休み真っ只中というのに、約三週間に及ぶ自粛を強いられてしまったのだ。この損失は大きい。本当に、事故や落車には気を付けなければと、ここで勉強していたハズだったのだが...

 

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オヨメに行けないレベルの消えない傷として残ってしまった。

うん。悲劇はこれだけでは終わらない。

山中湖での事故から丁度4か月後、少しオカルト的なアレコレも考えてしまうよね、まさかの同日26日の出来事であった。

自転車部副部長のおぎのクンとのサシで、40kmほどの朝練を終えたのちの帰路、自身がKOMを持つセグメントの更なる記録更新を狙い、カーブに40km/hほどでアタック。思いっきりハンドルを切った際、ダンプが落としていったと思われる砂にタイヤを滑らせ、次の瞬間、右のペダルが地面に接触。ディレーラー側からアスファルトに投げ出されてしまう。綺麗にズザザザーッとアスファルト上を滑って行った僕の右半身は、それはもう直視に堪えないアリサマ。

2月の落車は、交通事故での王道パターン、ズキズキと痛む全身打撲の症状に苦しめられたのに対し、この6月の落車は、布の面積の少ない(何か卑猥だな)半袖ジャージで生身をアスファルト上に擦りつけてしまったことで、擦傷による出血量の多さで2月の落車にタイマンを張ってきた。落車の影響力なんかで勝負しねくて良いべさ....

しかもだ。

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もはやどんな状況か、すぐには掴めない写真だよね。

山中湖の事故は、受け身になっていない受け身で右半身と大型サドルバック(これが本当に仕事してくれた)が最初に接触して機材への影響は殆ど無かったんだ。

しかし、今回は全く訳が違った。

リアディレーラー、ディレーラーハンガー、ペダルがお陀仏。そして馬鹿なことにバーテープを巻いていなかったハンドル、クランク、フレーム、新調したばかりのホイールに痛々しい傷を加えたのだった。

そのまま駆け込んだ大学病院の初診(それも休日)の診療・処置費用と合わせて、4万円ほど(傷が入っただけのものはカウントせず)の損失を出した。痛いよ...

そして、只でさえ品薄が嘆かれていたシマノ製品の破損によって、この先約一か月にわたりFENIXに乗れないという絶望的な状況に置かれてしまうのだった。おぎのクンからママチャリを貸して貰ったことで、生活への影響は小さいものであった(FENIXだけを生活の脚として二年間過ごしてきた)が、自転車に乗れない現実が突き付けられたことによる精神状態への影響、それはもう大きなものだった。

 

...さて、仮にこれらの怪我が無ければ、もっと簡単に10,000kmに手が届いていたと思うし、あと2,000kmほどは記録を伸ばすことができたんじゃないかと、正直に本音を話せば悔しく思わない訳でもない。

 

しかし、やはりストーリー性があった方が面白いよ。

ずっとユーストレス欠乏状態で、何事もなく、楽に年間走行距離10,000kmを達成するよりだったら、約2か月というブランクを埋めるために奮起する、そしてその先で掴む大逆転劇!なんてストーリーを、他ならぬ自分の手で創り上げられた方がずっと良い。

こうして話のネタにすることが出きる訳だし、何より自分自身が平坦な道よりも、起伏に富んだ道の方が好きだから。紀伊半島に伊豆...また行きたいな...)

目標の為に、何度だって困難を乗り越えてみせる。紛れもなく、「執念」に燃えた一年だったのだ。

 

日本人21人目&岐阜県内初の【EVERESTING ROAM】達成

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大学の友人や後輩・先輩、初対面のサイクリストの方々に至るまで、本当に多くの方々に応援に駆けつけて頂いた。

これは前回の記事でも少し触れました。

11月13日から14日にかけて、実に34時間56分にわたる死闘を制し、日本人21人目&岐阜県内初の「EVERESTING ROAM」達成を成し遂げたのです。

これぞ、「執念の2021年」を象徴する挑戦であった。

もともと大学三年次に挑戦することを予定していたが、夏頃から岐阜県内でも挑戦者の姿をSNS上で見かけるようになったほか、10月には同郷・秋田の同学年サイクリストTackがシングルエベレスティングを達成していたのだった。(最ッ高に輝いて見えたぜ。)

そうした外部からの刺激の他、最も大きな決定打となったのが、10月における月間走行距離が、過去最長の1,645kmに膨らみ、コンディションの調整が上手くいっていたことである。

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自信満々な自撮りを撮っちゃっているように、この時期は坂を登れば高確率でKOMを取っちゃうという仕上がり具合だった。

上の画像に示した7つのKOM(King Of Mountainの略、過去に同じ区間を走行したサイクリストの中で歴代最速タイムを記録した際に与えられる称号)は、いずれもこの10月、一か月のうちに獲得したものである。こうしてまとめるために見返していても、自分でもちょっと二ヤついてしまったよ。

僕はまだパワーメーターを導入していないので、ワット値はSTRAVAによる推定値に過ぎないが、それでも12分間にわたって350W以上の高出力を出せたことは、ブログ執筆時の今では考えられない仕上がり具合だ。12分間、平均心拍数187bpmの最大強度ゾーン5を維持している点も、よほど健康的だったんだなと。

 

昨年も、同時期に力試しで日帰り422.5kmの大型ライドを一年の総括として実行していた。執念の2021年の締め括りとして、これ以上の絶好のタイミングがあるだろうかと自分に問いかけたとき、既に身体はコース選定へと動いていた。

 

こうして身体の調整が上手く行えていたこともあり、正直フィジカル的な苦痛は思ったよりも感じなかったんだ。

しかし、当初より覚悟していたことではあったが、この挑戦は何よりもメンタル面での持久力の勝負となる。

 

簡単に「EVERESTING ROAM」について解説しよう。

もともと、

  • 同じ坂を何往復も走ることで、世界最高峰エベレストの標高と同じ獲得標高8,848mを稼ぐ。

  • 時間制限は無いが、途中での仮眠は認められない。

といったルールの「EVERESTING」(ROAM等との区別の為、「シングルエベレスティング」という呼称が用いられることが多い)というチャレンジが存在する。これだけでもおいでよマゾ豚のみんな!と言わんばかりの、変態的な所業にしか思えないが、「EVERESTING ROAM」とは、言わばこの「EVERESTING」の強化版である。(変態度を強化してどうする)

世界でも一握りの、厳選された変態紳士精鋭部隊のみが挑戦する。我こそが世界に誇る変態紳士の頂点だ!と豪語したい者のみ食いつくエサであるのだ。以下が「EVERESTING ROAM」のルールである。

  • 「EVERESTING」よりも更にハードな獲得標高10,000m分、坂を登る。(垂直距離)

  • 水平距離として400km以上走行する。

  • 36時間以内の時間制限あり。(仮眠は可)

  • 「EVERESTING」とは異なり、一つの坂のみならず峠のハシゴも可。

これを達成することで、オーストラリアの「HELLS500」という認定協会より「Hall of Fame(殿堂入り)」サイクリストの称号が与えられる。

 

...こうして文字に起こして再び向き合ってみると、「もう二度とやるものか」の一言しか浮かんでこない。「EVERESTING」とは異なり、「ROAM」の本来の意味(徘徊)のように、ブルべの感覚で複数の峠をハシゴしたり、仮眠をとることが許可されていることが特徴であるが、逆にそれを実現可能なルートを引くことが、まず極端に難しい。

そういう訳で、僕は1回あたり水平距離約2km、垂直距離約96mの坂を、不眠で実に105往復することによって達成した。

気が狂うってもんじゃない。百歩譲って、不眠で35時間走り続けることはまだ問題無いとしよう。しかし、それが景色が変化しない、同じ坂道であるとしたら...???

同じ場所(それも登り坂)をひたすらグルグル。

何の刑罰...???刑罰でなければ、僕はハムスターか!()

 

ただひたすらに、己との闘い。

心の中に潜む弱い自分を押し潰しながら、否、そもそもそんな物の存在を認知すらしないように、ただ無心で。

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2021/11/14 19:43、あの瞬間目にした大津谷公園からの夜景は、小学校の時に見た函館の100万ドルの夜景にだって劣らない、とても心に響く美しいものだった。

 

こんなバカげた挑戦を、達成へと導いてくれたのは、他でもない、周囲の人々の応援であった。

いやね、本当に一人だったら達成できなかったのです。精神が持たない。これだけは間違いねえ。

先に述べたように、当日は大学の友人に、後輩・先輩から、SNS上で僕の挑戦を知った初対面のサイクリストの方々まで、20人ほどの仲間が僕の応援の為だけに駆けつけてくれたのです。深夜、一番ツラい時間帯に駆けつけてくれた仲間、日中と夜勤前・夜勤明け三回にわたって差し入れを持って来てくださった方、朝から僕が挑戦を終えるその瞬間まで、ずっと待っていてくれた方すらいた...(すべて実話)

 

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僕が自分で持って行った補給食だけでもこれほどの量。

差し入れだって沢山いただきました。本当に申し訳ないレベルで。

この35時間の挑戦では、基礎代謝を除いても推定値で1万kcalと、とんでもない量のカロリーを消費した。それは事前に予測していたことだったから、徹底したカーボローディングを行ったうえで、当日はUber Eatsのバッグに補給食を詰めに詰めて(その重量、なんと11kg!笑)現地まで運んで行ったのだが...帰りにはなんと12kgに逆に増える始末。笑

しかも、帰りは前述した、朝から僕の挑戦が終わるその瞬間までずっと待ち続けていてくれた大人のサイクリストの方が、家まで車で送ってくださったという...泣

 

SNS上での励ましだってそうです。応援してくださったす全ての方のおかげで、僕は執念を発揮でき、「執念の2021年」の締めくくりに相応しい最高のフィナーレを飾ることができたのだ。

 

自分自身も、間違いなく人生で一番人に優しくなれた35時間だった。(CLANNAD AFTER STORY完走後すら凌駕...!?)

 

改めて、このEVERESTING ROAMの挑戦を、「執念の2021年」を、支えてくださった全ての方に感謝を申し上げたいです。ありがとうございました。

 

 

岐阜県内全42市町村制覇

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岐阜県内全42市町村。最終決戦の地は東白川村であった。

10月、岐阜に来てから1年半もかかってしまったものの、ようやく岐阜県内全42市町村制覇を成し遂げました。全42市町村。多すぎだろ!難易度高すぎィ!!!

 

岐阜県秋田県よりも面積は小さいのに、人口は2倍ですからね...そりゃこうなっちまう。岐阜市なんて、周辺市町村巻き込めば余裕で政令市の要件を満たすことが出きるんだ。静岡市浜松市よりも小さな面積で。 早く合併しろ!笑

 

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岐阜県内における自転車走行箇所のヒートマップ(2022/3/16現在)

僕ね、地理学好きとして、岐阜の大学の受験を決めた際に、「まぷすた!」という市町村パズルのアプリを使って、この全42市町村の名前と場所を暗記しておいたのです。ムフン。

 

さーて問題だ!七宗町」「神戸町」「坂祝町」「各務原市...さあ、読めますかい!?

 

しちそうちょうでも、こうべちょうでもない。

「ひちそうちょう」「ごうどちょう」「さかほぎちょう」「かかみがはらし」ですよ。

初見殺しが過ぎるよね。大丈夫、早く岐阜に順応するぞと意気込んで岐阜に来る前から勉強していたとはいえ、コレ岐阜出身の友人らに聞いても普通に分かっていないヤツたくさんいる。(笑)

地理学において、現地調査(フィールドワーク)が最重要視される所以はまさしくここにある。百聞は一見に如かず、とは本当に言い得て妙であり、実際に自分の力で訪問すると、地誌の理解が全く違う。

前回の記事においては、このブログで「自転車乗りならではの感性」を巧く言語化してお伝え出来たら、なんてことも言ったが、やはり道の起伏に高低差に、凹凸に至るまで身をもって体感することのできる自転車趣味は強いよ。さあみんなも自転車に乗ろう!笑

 

滋賀県内全19市町制覇

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滋賀も全19市町(村は無い)、制覇したよ。
10月31日に東白川村を訪れて、岐阜県内全42市町村を制覇した翌週、11月6日。

日野町と竜王町に足を踏み入れることで成し遂げた快挙。

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滋賀県内における自転車走行箇所のヒートマップ(2022/3/16現在)

よく考えてみれば、11月6日はEVERESTING ROAM挑戦の一週間前だったわけで...

最後に訪れたのが竜王町でよかった。

竜王」。将棋の世界でも名人位と並んで別格とされているタイトルだ。まず名前が中二心をくすぐる。カッコよすぎる。

僕は大学ではよく同じ学科の友人たちから「部長」呼びをされることが多いのだが、どうだろう読者の皆さん、ここはひとつ、僕を竜王と呼んでくれてもええんやで!?!?(呼ばねーよ)

 

 

 

さあ、いかがだったでしょうか。

2021年という一年が、僕にとって「執念」の一年であったということを、何となくイメージしてもらえることができたかな。

「激動」の2020年、「執念」の2021年と来て、今年はどんな一年になるのだろう。

今年の話をする前に、もう少しだけ、2021年の振り返りにお付き合いください。次回は、全国を駆け巡った自転車旅の面に焦点を当てていくよ。

2021年は、本州最北端・大間崎から、本州最南端・潮岬まで本当に多くの場所を訪れた。それだけ皆さんに見ていただきたい写真やエピソードというものも、溜まりに溜まっているのです。

 

それでは次回もよろしくお願いします。

 

 

 

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*1:ソニー損保「2020年 全国カーライフ実態調査」より

https://from.sonysonpo.co.jp/topics/pr/2020/12/20201214_01.html